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    じいちゃんのロシア語教科書

    私がロシア語の勉強を始めたのは自分の意思だ。しかし、もしかしたらそれは運命だったのかもしれない。

     

     

    私が日本でロシア語の勉強を始めたとき、今は亡き祖父が一冊の古びた本をくれた。それは、彼が戦争の時に使っていたロシア語の教科書だった。

     

    私はその時、彼がロシア語を勉強していたことを初めて知った。

     

    「おじいちゃま、もしかしてシベリア抑留されてたの?」

    「いやいや、もしそうだったらおじいちゃまは今ここにいないよ」彼はそう言った。

     

    祖父は第二次世界大戦中、陸軍将校として中国にいたので中国語が堪能だった。もし戦争がもう少し長引いていれば彼はロシアに進軍することになっていたらしい。そして、もしそうなっていたら彼の言うとおりシベリアで捕虜になって、彼は帰らぬ人となり、私もこの世に生まれていなかっただろう。

     

     

     

    私は教科書を開いてみた。初版は1935年。そこには武器の名前や「撃て」「殺せ」などの言葉、捕虜の尋問など物騒な言葉が並んでいた。この本が戦争のために作られたものだということを強く印象づけた。

     

     

    2015年8月15日、日本は終戦70周年を迎えた。

     

    祖父は生前、戦争のことを多くは語りたがらなかった。敗戦国である日本にとって、戦争の記憶は苦しいものでしかないからだ。「おじいちゃんは今でも、敵を殺したり部下の兵士を殴る夢にうなされることがある」祖母はそう言っていた。その祖母も数年前にこの世を去った。祖父の戦争体験について、これ以上知ることはもう永遠にできない。

     

     

    祖父は私がキルギスに来たことを知らない。しかし、彼が戦争中敵を殺すために勉強したロシア語を、孫が今ここキルギスで仕事をしたり友人と語り合ったりすることに役立てていることを知ったら、きっと喜んでくれると思う。

     

    鈴木恵里(キルギス在住2年)

     

     

     

     

     

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    Автор статьи: Блоггер




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